そこからすんなりとタイトルマッチまでいけたのですか?

そのへんから日本チャンピオンになるまで少しかかるんですけど、その頃がやっぱり精神的につらかったです。試合に勝ち続けてもランキングは上がらないし。ランキングの上の選手が負けたり、辞めてしまわないとランキングは上がっていかないですからね。その頃松本トレーナーから毎日のようにチャンス来なくても腐るなよって口酸っぱく言われてましたね。でもその時期が長く感じられて、やっぱりやる気がなくなってしまうこともありました。

その時に会長がランキングがなかなか上がっていかないので、1階級あげて東洋太平洋のタイトルマッチをやらないかと。相手のチャンピオンはフィリピンのジェス・マーカ選手でとても強い人で、日本人選手がことごとく負けていたんですが、挑戦する選手がケガしてしまったので会長がその話を持って来てくれたんです。強い選手ですけどやるしかないなあということで、試合もそれから1ヶ月くらいしかなかったですけどね。

試合は判定で負けたのですが結構善戦したので、 会長も日本タイトルに挑戦できるように考えてくれるようになったみたいですね。それで当時の世界ランク7位のヨックタイ・シスオー選手とのマッチメークをしてくれたんです。ヨックタイに勝って世界ランカー入りできたので、当時の日本チャンピオンである佐々木 真吾さんと試合できるようになったのです。

松本チーフトレーナーとは?

松本チーフトレーナーに見てもらえるようになったのは、B級トーナメントに勝って暫くしてからくらいでしたかね。

松本さんは選手を育てるのが上手ですね。そんなに厳しく怒ったりするタイプじゃないんですが、特に私の場合はものすごく固いボクシングだったんですね。いままで教えてもらったことをそのまま反復練習して作り上げて来たボクシングだったんで、柔軟さがボクシングになかったんです。現役時代の松本さんと言えば、とても柔らかくてうまいボクサーだったので、松本さんに教わってからそういうのを意識するようになったんですね。ただ強いパンチを打つだけじゃなくて、うまくかわしたり、いなしたりすることを教えてもらって、そういうボクシングの要素が加わって私のボクシングスタイルが完成していきました。間違いなく松本さんに教わったことによってボクシングのレベルが上がりました。

それまで教えてくれた平戸トレーナーはそれこそ基本をみっちり教えるタイプの人で、それが嫌になって辞める人がいるくらいみっちり仕込んでくれるのですが、平戸さんなどの基本がなければ絶対ダメだし、松本さんの柔らかいテクニックがなければ世界チャンピオンにはなれませんでしたね。大橋ジムのチームワークがボクを作ってくれたと思いますね。

日本チャンピオンになったわけですからもう世界を意識してるでしょう?

日本チャンピオンになって次は世界チャンピオンと人には言われるんですが、日本と世界との壁は相当高いと自分の中では思っていたので、目標ではあるのですがその時はまだ考えていなかったと思います。

でも会長に「初防衛戦でKO勝ちして実力を見せれば世界挑戦の話がくるかもね」とか言われた時ですかね、何か世界がおぼろげに見えてきたのは。でもチャンピオンになるなんて考えてなかったと思いますよ。初防衛戦にKOで勝てて、会長に世界戦の話がくるかもしれないからということで、日本タイトルを返上してチャンスを待ちました。1戦はさんで、ついに世界挑戦が決まったのです。